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大阪高等裁判所 昭和46年(ネ)640号 判決

控訴人

淀化学工業株式会社

右訴訟代理人

北逵悦雄

被控訴人

中山致相

右訴訟代理人

西畑肇

北島元次

主文

原判決および手形判決を次のとおり変更する。

控訴人は被控訴人に対し金四四万四、九三二円及びこれに対する昭和四五年六月一〇日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

被控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じこれを五分し、その一を被控訴人の負担とし、その余を控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一、被控訴人主張の請求原因事実(振出、裏書記載および満期日における支払呈示)は当事者間に争いがない。従つて被控訴人は本件手形の適法な所持人である。そこで控訴人主張の抗弁について判断する。

二、〈証拠略〉によると次の事実が認められる。すなわち、控訴人は昭和四五年三月一〇日本件手形を含め約二〇通の約束手形を振出し、鈴木愛之助にその割引を依頼して交付譲渡した。同人は本件手形に白地裏書をなし、更に上田重行に割引を依頼してこれを交付譲渡した。一方、被控訴人は「中山商事」の商号で金融業を営む者であるが、同所で勤務する中西保男は昭和四四年六月七日頃スタンドバー「雷」の経営者半田礼子から、同店の客吉川正明に対する飲食代金三二万六、一三五円の取立ての依頼を受け、昭和四五年三月頃吉川正明の実兄上田重行に対しその支払を請求した。そこで、上田重行は中西保男の請求に基づいてその頃本件手形を、その割引金の一部をもつて右飲食代金の支払に充てる目的をもつて中西保男に交付した(本件手形交付の当事者については後記認定のとおり)。被控訴人は本件手形を割引き、中西保男は右割引金の一部をもつて半田礼子に飲食代金三二万六、一三五円を支払つたが、中西保男は割引金の一部をもつて右飲食代金の支払に充てたほかは、上田重行に割引金の残余を交付したことはなく、上田重行はもちろん吉川正明も右飲食代金を支払つていない。以上の事実が認められ、右認定に反する原審における被控訴人本人尋問の結果は、右証拠に照らしにわかに措信し難く、また証人中西保男の証言中、中西は上田重行から交付を受けた株式会社日栄振出の手形の割引金をもつて、半田礼子に対する吉川正明の飲食代金債務の支払に充てた旨の部分は、前記上田重行および当審証人吉川正明の証言に照らし信用し難い。他に右認定を覆すに足る証拠はない。

ところで控訴人は、上田重行は本件手形を被控訴人に交付譲渡したものであると主張し、被控訴人は、上田は本件手形を中西保男に、同人は被控訴人に順次交付譲渡したものであると主張するので考えてみる。前認定のとおり中西保男は被控訴人の使用人であり、本件手形の中西保男に対する交付が割引を直接の目的としたものであること、前記中西保男の証言により認められる中西保男は中山商事(個人営業)において専務取締役と称し、その旨の名刺を使用していることおよび前記上田重行の証言によつて認められる上田は本件手形を中山商事の中西専務に交付したことに徴すると、中西保男は被控訴人の営業にかかわりなく、本件手形の交付譲渡を受けたものではなく、被控訴人の使用人、すなわち被控訴人の代理人ないし使者として本件手形の交付譲渡を受けたものと認めるのが相当である。前記中西保男の証言中右認定に反する部分は信用し難い。

しかして、控訴人は被控訴人の本件手形取得の原因関係は消滅して不存在であると主張するが、上田重行や吉川正明が前記飲食代金の支払をしていないことは前認定のとおりであるから、一たん存在した原因関係が後に消滅したものということはできない。しかしながら、前認定のとおり本件手形は控訴人がその割引を依頼して鈴木愛之助に、同人は更に同趣旨で上田重行に順次交付したもので割引金の授受はなく、その間にはいずれも実質的な原因関係がない。従つて仮に鈴木あるいは上田から控訴人に対し本件手形金の請求があつても、控訴人は原因関係不存在の理由をもつてその支払を拒むことができる関係にある。他方、上田重行から被控訴人に対する本件手形の交付も飲食代金三二万六、一三五円の支払のため手形割引をすることを目的としてなされ、その割引金をもつて右飲食代金が支払われたほか、上田重行としては被控訴人から割引金を受領していないから(たとえ被控訴人とその使用人たる中西保男間に本件手形に関し金員の授受があつたとしても、両者間の内部関係にとどまる。)、被控訴人としては、本件手形の割引金から飲食代金を差引いた残額およびその割引料については、上田重行に対して請求することができず、従つて被控訴人は控訴人に対し本件手形金中右金額の支払を求める何らの経済的利益を有しないというべきである。そこで、その額について判断するに、本件手形の割引金額を認める直接の証拠はないが、前記中西保男の証言によると、本件手形金額六〇万円は日歩三〇銭の割引率で割引かれたものと認めるのが相当であるところ、前認定の上田重行が中西保男に本件手形を交付した昭和四五年三月一四日から満期日の同年六月一〇日まで八九日間の日歩三〇銭の割引率による割引料金一六万〇、二〇〇円を差引いた本件手形の割引金は金四三万九、八〇〇円となる。これから飲食代金三二万六、一三五円を差引いた金一一万三、六六五円とその割引料金四万一四〇三円()――の合計額は金一五万五、〇六八円であり、これが本件手形金額のうち被控訴人の経済的利益を有しない金額となる。従つて、被控訴人の控訴人に対する本訴請求は、右金額の限度において、本件手形の形式的権利を利用して振出人にその支払を求めるもので権利の濫用として許されないというべきである(最判昭和四三年一二月二五日民集二二巻一三号三五四八頁、同昭和四五年七月一六日民集二四巻七号一〇七七頁参照)。

三すると、被控訴人の本訴請求は、本件手形金額六〇万円から前記一五万五〇六八円を差引いた残額金四四万四、九三二円およびこれに対する満期日である昭和四五年六月一〇日から支払ずみまで手形法所定年六分の割合による利息の支払を求める限度において正当であるから、これと判断を異にする原判決および手形判決を変更することとし、民訴法三八六条、四五七条、九六条、八九条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(山内敏彦 阪井昱朗 宮地英雄)

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